英国のROA(ロイヤルカレッジオブアート)は、修士号・博士号を授与できる世界で唯一の美術系大学院大学。
そんなROAが、この数年の間、企業向けに『グローバル企業の幹部トレーニング』を行っている。
こうしたトレンドを大きく括ると、『グローバル企業の幹部候補、世界で最も難易度の高い問題解決を担うことを期待されている人々は、これまでの論理的・理性的スキルに加えて、直感的・感性的スキルの獲得を期待され、各地の教育機関もプログラムの内容を進化させている』ということになる。
そうした彼らは、『美意識』に一体何を求めているのか。本書はその内実を説明し、『美意識』を学ぶことの重要性を学ばせてくれる。良書。
世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~ (光文社新書)
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重要な論点を要約すると、以下のようになる。
我々は今後、これまでのような、『分析』、『論理』、『理性』に軸足を置いた経営、『サイエンス重視の意思決定』では、今日のように不安定な世界においてビジネスの舵取りをするわけにはいかない。
その理由としては、
①論理的、理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつある
・正解のコモディティ化が進み、差別化が消失している。
・また、方法論として、分析的・論理的な情報スキルが限界を迎えている。
②世界中の市場が、『自己実現的消費』へと向かいつつある
・そんな中、人の承認欲求や自己実現欲求を刺激するような感性や美意識が重要になる。
③システムの変化にルールの制定が追い付かない状況が発生している
・そのため、内在的に『真・善・美』を判断するための「美意識」が求められる。
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そもそも、日本人の多くは、論理的、理性的であることを、高く評価しがち。一方で、欧州のエリートは、必ず哲学を学ぶ。政治と経済を学ぶエリートこそ、哲学を教養の基礎として身につけなければならない、と意識しているから。
エリートには大きな権力が与えられる。哲学を学ぶことできずにエリートを育成することは出来ないと思っている。
経営というものは、『アート』と『サイエンス』と『クラフト』の混ざり合ったもの。
・アート:組織の創造性を後押しし、社会の展望を直感し、ステークホルダーをワクワクさせるようなビジョンを生み出す
・サイエンス:体系的な分析や評価を通じて、アートが生み出した予想やビジョンに、現実的な裏付けを与える
・クラフト:地に足のついた経験や知識をもとに、アートが生み出したビジョンを現実化するための実行力を生み出していく
⇒現在のビジネスでは、過度にサイエンスとクラフトが重視されている。
また、デザインと経営は、本質的なところが同じ。経営と言う営みの本質が、『選択と集中』であること。
『そもそも何をしたいのか?』『この世界をどのように変えたいのか?』というミッションやパッションに基づいて意思決定することが重要。美意識が重要になる。
それでは、そうした世界のエリートは、どう「美意識」を鍛えているのだろうか?
筆者はその鍛え方に関して、いくつか候補を挙げている。
①絵画を見る
⇒観察眼を鍛える。入力される情報として定式化されない範囲まで観察し、観察された事象から様々な洞察を経て意思決定の品質を高める。
②哲学を学ぶ
⇒海外のエリート養成ではまず哲学が土台となり、日本のように功利主義的テクニックだけ身に着けさせるものではない。哲学者がどのような知的態度でもって、世界や社会と向き合っていたかがわかる。
③文学を読む
⇒古代ギリシア以来、人間にとって、何が『真・善・美』なのか、ということを純粋に追及してきたのは、宗教および近世までの哲学。そして、文学と言うのは、同じ問いを物語の体裁をとって考察してきたと考えることができる。
普段何気なく生活しているとあまり意識しない、『美意識』という概念だが、頭に入れながら生活していきたい。