とりま文系歯科医師が自己投資。

読書好きな開成、一橋大卒文系出身歯科医師のマイペースブログ。読書を中心に学んだ知識をアウトプットすることで、何か社会が少しでも変わればなと思い開設。好きなテーマは小説全般、世界史、経済学、心理学、経済投資など。筋トレも趣味です。

博多で藤井フミヤ展を鑑賞してきました。

 お疲れ様です、スナフキンです。

 先日のお休み中、また遠くへ足を運ぼうと福岡博多の方へ旅行をしに行ってきました。

 個人的に博多への訪問は2度目だったのですが、プライベートでゆっくりと満喫することが出来たのはこれが初めてです。

 

 初日は太宰府天満宮へ参拝。荘厳な景色の下で、今後の学問分野での能力向上に対しての気持ちを述べてきました。

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 その後も九州国立博物館筥崎宮香椎宮などの場所に訪れたのですが、最後に訪れた場所がとても強烈に印象的で感動したので、今回はそのことについてブログを書こうと思います。

 

 博多の中心地に、博多リバレインという商業施設があるのですが、その施設の中にある福岡アジア美術館で、

藤井フミヤ

という特別展が開催されていました。

faam.city.fukuoka.lg.jp

 

 日本を代表し、現在でも精力的に活動されている有名なアーティストだということは勿論認識していたのですが、画家としても才能を発揮されていたことを、恥ずかしながら初めて知りました。

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 こうした機会に巡り合えたのも何かのご縁だと思い、足を踏み入れてみました。

(撮影許可のある作品のみ撮影を行っています)

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 作品を目の当たりにし、この人は本当に天才的なアーティストなのだなと確信しました。

 

 芸術自体を大学で学んだわけではないものの、藤井氏の創作には、古今東西の美術の歴史の中で生み出された様々な表現方法を読み解くことが出来ます。

 こうしたものは一朝一夕にして完成されるわけではなく、藤井氏の美術に対する並外れた努力を感じ取れました。

 

 藤井氏によると、子供のころから自分は図工や美術が好きだったらしい。そしてティーンエイジャーの頃になると、デザインやアートに携わる仕事につきたいと思っていたそうです。

 ただそれが青春の濁流に身を任せ、夢は形を変え、皆が知る有名歌手となるわけですが、やはり若き日の夢というものはどこか諦めきれないもの。

 音楽の仕事をやりながら、合間を見てはコツコツと絵を描いていた、という藤井氏の努力。そこまでの方だとは知らず、本当に驚きました。

 

 藤井氏曰く、絵を描くことは音楽を作るのとは異なり、完全に一人作業のもの。

 そしてそれは創作の欲求に身を任せ、見えぬゴールへ向かってひたすら進む、ただただ夢中になれる孤独な時間だとインタビューで述べています。

 

 こうした夢中になれる大人って、本当にカッコいいし憧れます。

 自分もそんな人間になりたいと実際思っていますし、今回の特別展を通じ、藤井フミヤ氏の類いまれなる才能と、想像を絶する努力・集中力に、人生の先輩としての憧れを抱きました。

 

 藤井氏のアート本も帰り際購入しましたが、今後また特別展が各地で開催される場合には足を運び入れたいと思います。

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京都の嵯峨嵐山文華館に行ってきました。

 お世話になります。スナフキンです。

 先日Twitterでも話したのですが、先週に遅めの夏休みを少し頂き、京都の方へ軽く個人的な旅行をしてきました。(※人ごみを避け、感染リスクを抑えた上での行動を行いました。)

 

 個人的に縁があり、行きたいと思っていた神社仏閣もある程度回りましたが、古典好きの人間として、一度伺ってみたいミュージアムがあり、今回はそちらの方にも足を運ばせていただきました。

 

 それが今回紹介する、京都嵐山にある、

嵯峨嵐山文華館

というミュージアムです。

www.samac.jp

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 ここには常設展として、百人一首の展示物があります。

 日本で一番有名な百人一首小倉百人一首ですが、その撰者藤原定家は、この嵯峨嵐山のふもとの小倉山で、作品を撰んだとされているそうです。

 百人一首好きの自分としては、一度伺いたかった場所だったので、こうした良い時期に伺えたことは光栄でした。

 

 内部は一部を除き、写真撮影オッケーでしたので、気になる展示物は写真に撮りました。

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 小中学生の頃、意味合いと言うよりも、音だけで耳と脳に記憶している百人一首ですが、ふとした時に一つ一つの作品の意味を噛みしめると、新しい発見や知見を得られるなあと感じます。

 

 昔の作品でありながら、現代の人間が味わっても、人生観や社会観、心情における共感など、生き生きとしたリアリティを感じられるのが古典の魅力だと思っています。

 

 今回もそうした時間を嵯峨嵐山で感じられたことは、非常に有意義でした。

 京都は個人的に仕事やプライベートでもご縁が出来たので、今後もちょくちょく京都散策をしたいと思います。

 

 ブログの最後は当日食べた冷やしにしんうどん

 本当に美味しかった。

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パナソニック汐留美術館『サーリネンとフィンランドの美しい建築展』の見学をしに行きました。

 ご無沙汰のブログとなってしまいました。

 最近は本年もチャレンジしようかなと思っている歴史能力検定のため、毎日世界史の勉強を行っており、読書の頻度がかなり落ちてしまっているスナフキンです。

 こうした時にも継続的にブログを更新している人々は凄いな、と思うのですが、今回は世界史学習にも繋がる、美術館巡りを行ってきました。

 コロナ禍でなかなか外へ出歩くモチベーションもそがれてしまっていますが、可能な限り、自身が住んでいる都内巡りをしたいなと思っています。

 

 

 今回は、汐留にある、

パナソニック留美術館

の展示を見学。

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『サーリネンとフィンランドの美しい建築展』

というものが開催されていました。

panasonic.co.jp

 

北欧の国フィンランドにおいて、フィンランドモダニズムの原点を築いたのが、サーリネンという人物。

 

 当時まだ独立がされていなかったフィンランド

 そのフィンランドにおいて、ナショナル・ロマンティシズム』と称される、アール・ヌーヴォーの影響をうかがわせながらも民族の独自の文化的ルーツをサーリネンは表現する。

 これが、当時独立を求めていたフィンランドの人々を鼓舞させるものであり、一躍有名になったのだという。

 

 本展は、そんなサーリネンの、1923年の渡米までのフィンランド時代にスポットをあて、図面や写真、家具や生活のデザインといった作品資料の展示を通して紹介している。

 

 

 恥ずかしながら、『ナショナル・ロマンティシズム』という概念を聞いたのは初めてでした。

 イギリスやフランスなどといった、所謂、汎ヨーロッパ主義の国のアイデンティティとは一線を画す形で、民族や国民国家などのアイデンティティを意識したローカリズムの主張というものが、独立を求めていた東欧や北欧、南欧に拡がっていったことは、想像に難くはないでしょう。

 

 様々な美術館を巡りながら、今後も歴史の知識に深みをつけていきたいと思います。

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読書感想:『楊令伝』第三章

 大分間が空きましたが、自分の備忘録のためにも引き続き書いていきたいと思います。

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【おことわり】

 自分が現在継続して読み続けている、北方謙三氏の楊令伝の読書感想を書き記していく予定です。

 

 『楊令伝』は前作『水滸伝』に引き続き、『岳飛伝』へと繋がる、『大水滸伝』シリーズの一つで、ストーリー背景を描写する上で、多少のネタバレが生じてしまいます。

 

 有り難くも当該ブログをご覧いただく際には、その点をご理解いただけると幸いです。

 

 

booklovers45.hatenablog.jp

 

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〈前回までのあらすじ〉

 

 中国、北宋末期。かつて混濁の世を糺すため、大国の宋に真っ向から闘いを挑んだ梁山泊という組織があった。

 

 『替天行道』の旗のもとに集結した豪傑たちは、宋国の童貫元帥の率いる最強の禁軍との激戦の末、ついに陥落。生き残った同志たちは志半ばに、各地に散っていった。

 

 それから、三年の月日が経っていった。

 

 

 

 燕青は、李俊張敬らと、梁山湖に隠し沈めてあった銀を引き上げる。それは死んだ盧俊義が命を削って築いた塩の道から生み出された、梁山泊の軍資金であった。

 

 李俊燕青公孫勝史進宣賛呉用らは沙門島に集まり、今後の策を練るための会議を開く。

 しかし、再起のために不可欠なものが、まだ足りなかった。頭領である。呉用に北へ行くように命じられた燕青は、三年前に姿を消した楊令の行方を探しに行く。

 

 

 

 一方、官軍の闇組織、青蓮寺を率いる李富は、梁山泊が再び大きな反乱勢力になることを恐れていた。

 また北のの存在や、加えて阿骨打の建国したが、急速に勢いを増してきていた。そして南では、宗教指導者方臘の一派が勢力を強め始めていた。

 

 燕青と武松は、侯健の息子、侯進を伴い、北の地で幻王と呼ばれる男のことを探っていたが、ついに対峙したその男の正体は、まぎれもなく青面獣・楊令であった。

 

 燕青は楊令に梁山泊帰還の意思を問う。しかし、宋を倒すと明言した楊令は、現在の梁山泊軍へ合流することは肯んじなかった。

 

 一方禁軍最強の武将童貫は、地方行軍中に岳飛という少年と出会い、目をかけるようになった。

 

 また、呉用は江南の方臘勢の中へ、趙仁と名乗って潜入した。

 実は方臘には、官に不満を抱く宗教指導者の顔だけでなく、別の野心も持ち合わせていた人間であった。

 新しい国を建てることへの野望があったのだ。

 呉用は密かに楊令と会見し、大きな戦略について語り合うことになった。

 

 大地を赤く染めるほどの大規模な反乱が、江南で始まることになっていくのだった。

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 個人的には、この第三巻目くらいから、『楊令伝』の面白さが出始めてきているかな、と言う感じがしました。

 

 前作の『水滸伝』に続き、『楊令伝』も、勿論中心は梁山泊軍の攻防を描く物語なのですが、最強の対戦相手童貫含め、金国や遼国、また宗教指導者方臘など、多方面の視点から物語が語られることが非常に魅力的だと思っています。

 

 前回から個人的に注目していた呉用ですが、第三巻では、趙仁と名乗り、江南の宗教指導者方臘に近づき行動を起こします。

 

 土着信仰を巧みに利用し、民衆を引き付ける方臘ですが、その方臘と呉用(趙仁と名を変え接触)が語りあうシーンが印象的でした。

 

-方臘は、信仰の持つきわめて純真な部分を、ある感性のようなもので掴み取り、見事に戦に利用している。

宗教と遠いのではなく、一体になっているのではなく、その持つ本質を誰よりも理解しているということなのだろう。

 呉用がそのように分析している方臘であるが、その方臘と、呉用との語り合いが非常に印象的でした。

 

-(方臘)男として生まれ、思うさま生きられる。それだけで、生まれてきた意味はある、と俺は思う。

-(呉用)生まれてきた意味を、私は考えたことがありません。ただ、散漫に生きてきた、と申しましょうか。新しい国を建てる、この戦が終わった時に、その意味を噛みしめているのかもしれません。

-(方臘)理屈など、男が思うさま生きた跡をなぞるように、後ろからついてくるものだ。

 不意に、呉用は心を衝かれた。理屈が先に立つ生き方を、自分はしてきたのだと思う。こんな割り切り方は、しようとしてもできなかった。

 

 呉用と対極の生き方をしてきた方臘に対し、次第に呉用は心惹かれていくようになります。

 冷徹で周りからの評判も決して良くは無かった呉用が、皮肉にも死ぬことが出来ず、『生の呪縛』に取りつかれているなか、対極にある人間との関わりにおいて心情変化が生じていく。

 10年以上にもわたり読み続けている『水滸伝』シリーズの中で、読者の自分も心情変化があったのかもしれません。

 こうしたキャラクターの評価の変化があることも、自身にとって非常に興味深いと思って読み進んでいました。

 

 次巻以降、より物語は急展開を迎えてきます。

読書感想:『医者が教えるサウナの教科書』

 最近ハマっている趣味の一つにサウナがあります。

 昨今のブームもあり、ビジネスパーソンを中心に再度注目されているサウナですが、今回その魅力を科学的に探究したいと思い、この本を購入してみました。

 

 筆者は慶應義塾大学医学部特任助教で、日本サウナ学会代表理事も務めている加藤容崇氏。

 

 いわゆる『仕事が出来る人』にはサウナ好きが多く、本書には、そんなビジネスのパフォーマンスを上げる医学的根拠が書かれています。

 こうした医学的根拠を基に、自分にとってベストな入り方をそれぞれ創り上げて良ければいいので、サウナに興味がある人は手に取っても良い本だと思いました。

 

 学んだことを一部紹介したいと思います。

 サウナに関する話題をするとき、

ととのう

と言う言葉をよく使うことがありますが、これは一体具体的にどのようなことを指すのでしょうか。

 

 ととのうというのはサウナ用語の一つで、サウナ後の心身ともに非常が良いと感じられる状態のことを指すのですが、これは

リラックスはしているけれど、眠いわけではなく、むしろ清明に意識は晴れている

という状態のこと。

 

 この状態を科学的に紐解くと、この多幸感は副交感神経が活性化しているのに血中にアドレナリンがあるという稀有な状態なのだと言います。

 この、“真正”ととのいタイムは水風呂から出て約2~3分間しかないので、サウナ―はこの時間を大切にしているのです。

 

 本書にそんなサウナの効果的な入り方が書いているので、参考にしてみてください。

読書感想:『月と六ペンス』

 言わずと知れたサマセット・モームの代表作。

 現代文学だけでなく、古典文学も少しずつでも併行して読んでいこうと心がけています。 

 

  本作は、実在の画家ゴーギャンをモデルにした、ストリックランドという画家が、地位や名誉を捨て、画を描くために人生をささげた生涯を描いた作品。

 

 実際のゴーギャン自身も破天荒であったが、作品中で描かれるストリックランドも、非常に一般人には理解の出来ないような行動、言動を行い、正に『天才』を表象したかのような姿を露わにする。

 ただ、光文社古典新訳文庫の巻末にある、松本朗氏(上智大学准教授)の解説によれば、

『実際はストリックランドとゴーギャンの間には類似点より相違点の方が多く、この小説に描かれた芸術家像は、モーム独自の創作であると考える方が適切』

と述べている。

 正直ゴーギャンに関して詳しいことは不勉強なので、実際のところはその点に関する妥当性はイメージが湧かない。

 ただし少なくとも、作者モームは本作において、『ある天才芸術家の肖像』を描き、その内面に近づこうとしたと考えるという分析はその通りだと思います。

 

 松本氏の解説から参考にさせて頂くと、モームは同時代の英米批評家から評価されていたが、それは主に芸術的・美学的観点からの評価であったという。

 モームの作品に特異なかたちであらわれている時代性や国際性に関しては、そこまで評価されていなかったのではないか、と述べている。

 松本氏の言葉を借りれば、モームは『卓越した時代の読み手だったのだ。

 

 ただし、ここが本作の面白いところ。

 先ほど述べたように、モームは『ある天才芸術家の肖像』を描き、その内面に近づこうとした。

 しかし、世界の変容と言う外枠の中にこの『ある天才芸術家の肖像』を入れてみると、皮肉にも、芸術家や芸術が神聖なるものとして擁護される時代は過ぎ去ったことが明らかになる。

 

 つまり、この小説は、第一次世界大戦前後の世界における芸術の位置づけを巨視的にみつめ、芸術や芸術家の意味が、資本主義や大衆消費社会の発展によって変化を余儀なくされていることを浮き彫りにしている。

 

 松本氏はそう本作を読み解いているが、本作は、見方を変えれば違った価値観が浮かび上がってくる、非常に重層的な作品なのだと思う。

 それが今も読み継がれている所以なのでしょうが、今後モームの他の作品にも積極的に触れてみたいと思います。

 

                                  

読書感想:『人間の器』

 自分が尊敬する読書家のひとり、丹羽宇一郎氏の新書を読みました。新書を出すスピードが非常に早く、いつまでも精力的な方だなあと本当に頭が上がりません。

 

 過去にも著書を紹介していますが、今回は人間の器をテーマにしたものになっています。

 ちなみに過去のブログはこちら。 

booklovers45.hatenablog.jp

 

booklovers45.hatenablog.jp

 

 

-人を測る真の尺度は、自分に何の利益ももたらせない人を、その人がどう扱うかということである。

 これはイギリスの文学者、サミュエル・ジョンソンの言葉として引用されていますが、人間として生まれてきたからには、自分の命を宿す器は大きくて深いものでありたい、そしてどうすれば自分の心が成長できるのか、常に考えながら生きていくことが必要だと丹羽氏は述べています。

 

 丹羽氏が常に様々な著作で述べている、人は仕事、読書、そしてヒトによって磨かれる、という理論がベースになっていますが、その中でも新たに学びの意識が強かった部分に関して少しご紹介したいと思います。

 

 

 

成功は復讐する

 経営の世界で良く言われる言葉ということも初めて知りました。

 成功体験を忘れられず、同じやり方に固執して楽をしていると、変化の早い昨今では、あっという間に世の中から取り残されたり、失敗を招いたりしてしまうことに対しての戒めの言葉。

 この成功体験の呪縛から抜け出すためのリーダーの条件の一つが、

過去を忘れる

ことだと丹羽氏は述べる。

 丹羽氏自身も、日記や資料を見返したりして過去を思い出したりするが、そのようなとき、ほとんどのことは覚えていないこともしばしばあるのだという。

 しかし、忘れるからこそ新しい発想も生まれるし、現在をベストに生きられるのではないかと説く。

 

 

『必然の運』は自分で作り出す

 人が何かをなそうと必死の努力をしているとき、しかるべき人と偶然に出逢ったりして道が拓けるということがある。

 傍から見れば、それは不思議な偶然の縁があって道が拓けたというふうにも映るかもしれないが、それは実は極めて必然の道筋といえるものなのではないか。

 

 つまり、『たまたまの運』ではなく、『必然の運』は、自分の努力や工夫によってもたらされるものと言えるのではないだろうか。

 自分の人生においては、常に“今”が一番若いのだから、どんなときも常にアンテナを張って行動していくのが良いのだということでしょう。

 

 非常に勉強になりました。

 自分の本棚を整理したら、丹羽さんの著作は6冊ほど購入して読んでいました。

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 読書感想自体はまだ書いていない著作もあるので、今後また整理して読み直していきたいと思います。

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