とりま文系歯科医師が自己投資。

読書好きな開成、一橋大卒文系出身歯科医師のマイペースブログ。読書を中心に学んだ知識をアウトプットすることで、何か社会が少しでも変わればなと思い開設。好きなテーマは小説全般、世界史、経済学、心理学、経済投資など。筋トレも趣味です。

読書感想:『むかし僕が死んだ家』

 東野圭吾の小説は、に疲れて、読書が遠い場所に行った時、また読書の面白さを思い出させてくれることにも効果的だ。

 

 

 元恋人の記憶を取り戻すため、二人で山中に建つ白い小さな家を訪れた理学部研究助手の主人公。

 数々の不自然な痕跡が残っているこの家で、いったい何が起こっていたのか。

 

 様々な手掛かりをもとに、導きだされた結末において、筆者はどのような結末をつけるのだろうか…。

 

 

 ミステリー小説を読むとき、『どこかに伏線があるはずだ』と思って、それを探しながら読み進めていくのだが、結局それを上回る伏線であったり、その後の予想外な展開があったりなど、やはり人気作家のミステリー小説は本当に面白い。

 

 これからも様々なジャンルの小説を読んでいきたいと思います。

 

読書感想:『感情的にならない本』

 仕事を含め、様々な活動をしていると、どの組織においても、なんかうまくコミュニケーションができないような関係性になる人がいる。

 上手く関係性を保てないと、自分の気持ちも不安定になったりする。

 

 こうしたメンタルコントロールの本は、常に出され続けるものであるが、改めて定期的に読んでいって、実践できるものは吸収していきたいなというときがありますよね。

 

 メディアでも良く出演されている、精神科医和田秀樹

『感情的にならない本』

を今回読みました。

 

 

 最初に刊行されたのは、10年以上前の2013年とのこと。長く読まれ続けているということは、やはり多くの人に参考になるエッセンスが詰まっているのだろう。

 いろいろ学ぶことがあるが、印象に残ったのを抜粋。

 

 

・いわゆる感情コンディションを整えるために、細かいことで思い悩むよりも、とにかく行動すること。

「ともかく」という行動パターンが身につくと、いまよりはるかに動くことをためらわない自分になる。それが結局、明るい感情を作ってくれる。

 

・感情を明るく保つ一番簡単な技術は、胸を張ること。「わたしはわたし、大丈夫!」は、自分の感情コンディションを整えるために有効な言葉。

 

・心理学の言葉で、『曖昧さ耐性というのがある。この『曖昧さ耐性』こそが、認知的成熟度の大きな指標になってくる。

⇒人間に対しても同じで、「敵か味方か」という区分ではなく、「敵でも味方でもない」と受け止めること。「どっちとは断言できない」とわかってくること。

 

 

人生はいくつになっても、小さな度胸試しのくり返しであり、そのたびに世界が広がっていくもの。

 

 こうしてとにかくブログも書くのも、行動の一つだと思うので、コツコツとどんどん行動に移していきたいと思います。

読書感想:『文学は何の役に立つのか?』

 中高時代の国語の恩師が、

『飢えた人間に文学は有効か?』

という問いかけを当時常に投げかけていた。

 

 そのことに関して、自分はずっと頭の片隅に残っていたのですが、自分の敬愛する平野啓一郎が、同様の命題を投げかけており、これは読んでみようと思い、買わせていただきました。

 

 

 これと同時期に刊行された、岩波新書の

『あなたが政治について語る時』

という新書も以前読んでいました(まだブログ書いてなかったので、今度書きます)が、今回は

『文学は何の役に立つのか?』

を読了。

 

 

 『役に立つ』という、資本主義の中で用いられやすいワードと、『文学』が本当に相性がいいのかという考えも出てくると思うが、やはりそうした中でも平野氏はまず、

『今の世の中で正気を保つため』

に、ほとんどそのためだけのために、本を読んでいると述べている。

 

 フェイクニュースがSNS上で蔓延し、それが政治をも左右する中で、言葉が非常に大きな混乱状態に陥っている。そうした中で、今こそ文学の意義が問い直される局面ではないか。

 

 なるほど。私もストンと自分の中に落とし込んだ気がした。

 平野氏は、自分も頭や心の中で抱えている、名状したい何かを、とても的確にスマートにいつも言語化してくれる。まさにその通りだと思った。

 

 

 ただ、やはり文学はそうした一面だけではなく、突き詰めて考えると、やはり『文学は役に立つ』と言えるのではないだろうか。

 未来のテクノロジーに関して、グローバル化によって、どこでどういうタイミングで何が起きているかがわかりにくい時代になると、何がいつ役に立つのかということの判断は容易ではないのかもしれない。そのように、平野氏は続けて述べている。

 

 

 そもそも、『役に立つ』とは何だろうか?

 社会の機能の一部になるということについて、僕たちには、手段としてこき使われていて嫌だ、という感覚がある一方で、しかし、社会の中で自分が何らかの『役に立っている』という実感を得て、承認欲求が満たされるという安堵も覚える。

 

 そういう時に、『役に立つ』が、使われる。

 また、時間的なコストと経済的なコストに関して、費用対効果的に見合うものかどうかということも、『役に立つ』という言葉が発せられる時の根本にある。

 

 しかし、そうした『役に立つ』という、費用対効果を比較する言説に対し、やはり『文学』は、『役に立たなくても価値がある』と言い続けることが大事なのではないだろうか。

 

 人間の話に関しても、我々は役に立つから社会にいていい訳ではなくて、基本的人権を認められていて、人間は存在するだけで、その存在自体を尊重されなくてはいけないという認識に立つべきだし、実際この国の憲法もそれを謳っている。

 

 そういう意味で、文学に関しても、役に立つかどうかはともかく、価値があるということを何らかの形で表現していくことは重要ではないか。

 

 

 他人を経由することによって、僕たちは、自分では引き受けきれないけれど本当は感じ取っているものを言葉にすることができる。

 文学には、読んでいる時の他者への共感と、読み終わった後、読み終わった人同士が文学を解することによってより自由に、或いはより寛大に共感しあうという効果がある。

 こうしたことも、『文学』を通じて、得られるものであろう。

 

 

 世界が混とんとしており、生活にSNSが大きく存在感を示す中で、やはり文学に価値を見出すこと、それによって救われる人間というものも、やはりあるんじゃないかと、私は思っています。

 

 平野さん、言語化してくださって本当にありがとうございます。

読書感想:『アドラーに学ぶ 人はなぜ働くのか』

 著者の岸見一郎氏は、アドラー心理学の研究の第一人者。今回の読書感想は、ふと手に取った、

アドラーに学ぶ 人はなぜ働くのか』

という新書。

 

 

 

『なぜ働くのか』≒『なぜ生きるのか』

 人は何かのために働く時、その何かを愛するのであり、他方、何かを愛する時、その何かのために働く。

 自分に価値があると思えれば、対人関係の中に入っていく勇気を持つことができる。

 

 仕事も、生きることも決して競争ではないということを知ることが最初に必要。

 

 自分に価値があると思えたら、対人関係の中に入っていく勇気を持てる。そして、自分に価値があると思えることが、すでに勇気のいることだということを学びました。

 心が少し軽くなりました。

読書感想『ヒポクラテスの誓い』

 お疲れさまです、幻想スナフキンです。

 久しぶりですが、今年もぼちぼち読書記録を残していこうと思います。

 

 今回紹介するのは、新幹線を乗る際に、一緒に読もうと思って東京駅で購入した、法医学ミステリー小説、

ヒポクラテスの誓い

という小説です。

 

 

 本書は、とある医大の法医学教室に、研修医として入った主人公が、個性的な教授や准教授などとともに、様々なご遺体を解剖し、謎を解いていくというもの。

 メディアでも、法医学に基づく作品はそれなりにあるが、やはり法医学に関しては奥が深い。

 

 タイトルにもなっているヒポクラテスの誓い〉だが、これは医学の父ヒポクラテスギリシア神への宣誓文として謳ったもの。

 この誓いの中で、ヒポクラテスは、患者を生きている者と死んでいる者で区別はしていない。

 基礎医学臨床医学の壁を越え、生きている者も死んでいる者も分け隔てなく同じ患者として取り扱う、その基本をしっかりと教えてくれるのが法医学だと思われる。

 

 正直、ミステリーとしてはシンプルな感想を持ったが、最終的にそれが伏線として繋がっていくのは面白かった。

 

 また、この作者、法医学に関する小説を作っているのだから、何か医学に関係する仕事や体験をしているのかと思いきや、決してそうではないらしい。

 テーマについて編集者と相談したのち、頭の中でひたすら小説を練り上げて、それをパソコンで書き起こすだけというのだから本当にすごい。

 

 本人曰く、物書きが生きながらえる理由として、『想像力を物語に落とし込む能力があるとのことだが、まさに筆者の中山七里氏は、それが備わっているのだろう。

 いつか小説も自分で書いてみたいと思うものの、こうした能力をどこで鍛えていけばよいのか、たまに考えてしまうものだ。

 

読書感想『盤上の向日葵』 上巻 下巻

―将棋のセンスがいいだけの者は、どこにでもいる。一流と二流の差は、先を読む力だ。何手先まで正確に読めるか、それがプロになるかどうかの別れ道になる。

 

 

 

 平成6年の夏、埼玉県の山中で身元不明の死体が発見された。

 死体が握りしめていた遺留品には、名匠の将棋駒があった。

 

 かつてプロ棋士を志した新米刑事の佐野は、上司の石破とともに、駒の足取りを追う。

 

 そして将棋界においては、実業界から転身した異端の天才棋士が、歴史的な一戦に挑もうとしていた。

 

 

 先週映画化された作品、『盤上の向日葵』ですが、原作を読み終えました。

 

 現在まだ劇場作品は鑑賞していませんが、原作を読んだ感想としては、正直もっと将棋が事件性に大きく関わっていれば良かったなあと思いました。

 

 ただ、この小説を読んだ後、なんか無性に将棋がやりたくなってしまいました。

 

読書感想:『アルツ村』

 書店で目に留まり、購入した本。

 めっちゃ面白くて一気読みしてしまいました。

 

 

 著者は現役内科医師の南杏子氏。

 

 夫のDVから逃げ出すため、札幌の自宅を飛び出した主人公。命からがら逃げだす中で、たどり着いたのは、道北の見知らぬ村だった。

 そこで老夫婦に匿ってもらいながら、近隣住民ともかかわっていくが、何かがおかしい。

 村にいる住民は皆高齢者で、皆『認知症』を患っていた。

 

 現代における問題提起にもなりえる、メディカルサスペンス小説になっています。

 

 ネタバレはしませんが、最後のどんでん返しがスリリングでした。サスペンス小説として、なんとなくの伏線があるだろうなあとは感じていたのですが、そういうことだったのかということで、ハッとさせられました。

 

 

 2025年には都内のほぼ全域で介護入所施設が大幅に不足する。そして、その不足分は2040年には5万人分にも達する。

 東京に暮らす300万人もの高齢者を、将来的にどこで見ていけばいいのだろうか。

 

 そのこと自体は決して避けることができないテーマである。この小説を通じて、認知症についての関心がより多くの人に向かえばいいと思います。

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