今回紹介するのは、先日友人と行ったバーカウンターにあった文庫本で、興味が惹かれたので個人的に購入して読んだ村上春樹氏のエッセイです。
村上春樹氏の小説を読んでいる方ならご存知の方も多いかもしれないのですが、村上氏の小説内には、有名な銘柄のウイスキーがしばしば登場します。
ご本人自身がウイスキーを好きなのでしょうが、本書は、ご夫妻でプライベートのスコットランド・アイルランド旅行をされた際に、ウイスキーをテーマにした仕事が持ち込まれていたので、その際に書いたエッセイだと言います。
ウイスキー好きで、これからもっと勉強していきたい自分にとっては、とても興味深い一冊になりました。
エッセイ内では、スコットランド、アイルランドの現地で飲んだウイスキーの印象を村上氏は述べていますが、さすがは村上春樹。エッセイの中でも、村上春樹氏独特の表現がとてもウイスキーに合っています。
エッセイの中で、印象に合った部分を記したいと思います。
そんなスコッチウイスキーですが、それぞれにきりっとしたパーソナリティがあり、アロマによって生産地が特定できるというのも、シングル・モルト(大麦麦芽だけで作られたウイスキー)の素敵な特徴の一つ。
スコットランドの西海岸に、ウイスキー作りでとりわけ有名な、アイラ島という島があります。スコッチウイスキーを語る上では、このアイラ島と言うのは決して欠かすことは出来ない、聖地と呼ばれる場所。
そのアイラ島において、村上氏が島に住む人をつかまえて、
『あなたはスコッチのシングルモルトウイスキーではない、ブレンディッドウイスキーを飲まないのですか?』
そう村上氏が質問しました。
すると、島に住む人は怪訝な顔をしてこう答えたそうです。
『うまいアイラのシングルモルトがそこにあるのに、どうしてわざわざブレンディッド・ウイスキーなんてものを飲まなくちゃいけない?それは天使が空から降りてきて美しい音楽を奏でようとしているときに、テレビの再放送番組をつけるようなものじゃないか。』
ウィットに富んだ住人の返答もさることながら、ここまでのイメージを抱かせるアイラ島に、本当に心から行きたいと思ってしまいました。
村上氏も、アイラ島のことをこう述べています。
-豊かな美しい島だが、そこにはやはり静かな悲しみのようなものが、海藻の匂いと同じように、否応もなくしっかりと染み着いている。旅行していていつも不思議に思うのだが、世界には島の数だけ、島の悲しみがある。(P.54)
旅行と言うのは、こうした現地の情景に心を傾けるところに醍醐味があると思いますし、元の世界に戻ってからも、人の心の中にしか残らない、貴重なものを与えてくれるのだと思います。
自分も東京のバーでスコッチのシングルモルトを飲む際、こうした記憶を辿りながら、ウイスキーの更なる奥深い世界を味わってみたいと思っています。
人生をより深く愉しむためのキッカケとなる一冊でした。
ちなみにエッセイ内で、村上氏が、アーネスト・ヘミングウェイの初期の作品のような、切れ込みのある文体のような風味がある、と称したウイスキーはこちら。
個人的に好きで、牡蠣と良く合う、人の温もりを感じるウイスキーはこちら。