とりま文系歯科医師が自己投資。

読書好きな開成、一橋大卒文系出身歯科医師のマイペースブログ。読書を中心に学んだ知識をアウトプットすることで、何か社会が少しでも変わればなと思い開設。好きなテーマは小説全般、世界史、経済学、心理学、経済投資など。筋トレも趣味です。

読書感想:『生きる言葉』

―言葉から言葉をつむぐだけなら、たとえばAIにだってできるだろう。心から言葉をつむぐとき、歌は命を持つのだと感じる。

 これは以前も読書感想に書いた、俵万智氏の『アボカドの種』という短歌集で書かれていたものである。

booklovers45.hatenablog.jp

 

 

 

 作品を書く過程で自分の中を掘り下げて、嫌だったことや楽しかったことが作品の中になんとなく出てくるところが面白いので、やはりAIと違って、自分の頭の中で紡ぎ出して書いている過程が楽しい。

 確かにそれはそうだと思う。

 

 しかしながら、AIも意外と悪くはないという感想を持つ作品を見つける。

 『自由』をテーマにした、AIの短歌である。

 

『自由』と呼ぶのはきみがきみのためにつくる小さなケージだけど

 

 『自由』と定義してしまうと、それが枠組みになって、それ以上やそれ以外の自由は見えなくなってしまう。

 自由の意味をむしろ定義することが、自由の意味を狭めているのではないだろうか。

 

 こうした気づきを与えてくれるのも、AIによるもの。

 AIも意外に侮れない。

読書感想:『君と考える戦争のない未来』

―人間社会に同等の進歩がないまま技術が進歩すれば、私たちは破滅するでしょう。原子の分裂を可能にした科学の革命には、倫理的な革命も必要なのです。

 

 池上彰『君と考える戦争のない未来』には、巻末に、バラク・オバマ元米国大統領の広島平和記念公園における演説(2016年5月27日)が掲載されています。

 

 

 

 現代に生きる我々は、歴史を真正面から捉え、先の大戦のような悲惨な苦しみが二度と起きないようにすればよいのかを、考える責任があります。

 

 昨今の日本では、『自国ファースト』というニュアンスの言葉が声高にさけばれています。主権国家として、自国のことを第一に考えるのは言うまでもないですが、その概念のもと、『自分の国さえよければ良い』と考え、周辺国との関係を蔑ろにするようなことはあってはならないと思います。

 

 

 周囲の国ともしっかりと協力関係を結び付き、地域全体の平和を考えることが大切なのではないでしょうか。

 

 終戦から80年の今年、改めて戦争のことを冷静に学んでいこうと思いました。

 

読書感想:『針女』

 その年において、何か集中的に読みたくなる作家さんっていたりする。いわゆるマイブームなのであろうか。

 2025年のこの年は、有吉佐和子の著書をよく読んでいます。

 (『青い壺』、『非色』など)

 

 

 今回の読書感想となる小説は、

針女

という戦後社会を描いた小説。

 

 

 東京下町の針職人の家に、縫子として働いていた主人公の清子。実の親はいなかったが、その針職人の家で、娘同然に扱われていた。

 

 清子には、ひそかに想いを抱いていた、弘一という一人息子がいた。

 その弘一が、戦争により出征をすることになる。

 針を踏んだという思わぬ事故により、足が不自由になった清子は、その想いを秘めたまま、出生を見送る。

 しかしながら、戦後、復員した弘一は、見違えるほどに人物が変わり果ててしまった。

 

 戦争は、都市を破壊し、人を殺すだけでなく、大事な人の精神をも蝕んでしまう。

 

 戦争時代を生き抜いてきた一人の女性を描く中で、人間が自分の人生をどう生きていくのか、現実を真正面から受け止め、生きていく姿の中に、考えさせられるものがあるのではないだろうかと思いました。

 

読書感想:『人生は投資である』

 久しぶりに落ちついて家で読書をしました。

 投資に関する本を書店で探していたのですが、その時に目にしたのが、福井尚和氏の

『人生は投資である』

という本でした。

 

 

 単に投資という観点だけでなく、人生において、自分の幸せをどう定義していくかという人生観のヒントにもなる本でした。

 

資本主義の真の姿は、

『資本を資産に投じ、その資産から益を得る。この「資産を資産に投じて資産から益を得る良循環」を生み出し、その良循環を拡大再生産し続ける

ということ。

 

 

 資本主義社会の日本において、人々はみな、『自分という人的資本を労働市場に投資している』という投資家になっている。

 つまり、日本という資本主義社会で暮らす私たち全員が、『投資家』になっているという構造。

 

 

 その一方で、ただひたすらに資本主義が持つ、際限のない拡大再生産に飲み込まれているという人が存在してしまう。

 お金を儲けることができたという『経済上の成果』だけを追い求めても、それは必ずしも『成功』とは言えないということ。

 

 経済的な成立』と、『自らが感じる幸せ』、そして『成功』という3つの言葉と概念には、違いがある!

 

 そして、我々の人生には、経済上の成果の実現である『経済的成立』以上に大切な、自らが感じる幸せを生きる』という大命題がある。

 

 つまり、資本主義社会で幸せに生きるとは、『経済的成立』と、『自らが感じる幸せ』の双方を手にすることである。

 

 自分における、『自らが感じる幸せ』とは、

『すべての人が、どんな選択や生き方をしても、安心して不安なく生きられる社会を創る力になる』

ということ。

 

 そうした自分軸を改めて再確認できたことが、この本を読んでよかったことだと思いました。

 非常に勉強になりました。

読書感想:『忙しさ幻想』

 厚労省のデータでは、1973年から2023年の50年間で、労働者一人あたりの年間総実労働時間は約400時間も減少している。

 にもかかわらず、現代人はますます忙しさを感じています。

 

 なぜ、人間は、『忙しさ』を感じるのか、その『忙しさ』との向き合い方を考える、本になります。

 

 

 

『忙しさ』に関しては、コロンビアビジネススクールのシルビア・ベレッサー准教授が2016年に発表した論文によると、『忙しさこそが見せびらかしの対象』であり、これはつまり、その人に対する需要が高いということを示す指標になると言います。

 

また、人々が忙しさを歓迎するもう一つの理由として、

何も考えたくない。

辛いことは全部、忘れてしまいたい。

そんな思いから、あえて忙しさの渦に飛び込む。いわば、『忙しさ』が最強の免罪符としても、機能しているということです。

 

 

古代ギリシャの人々は、時間を2つの概念で分析しました。

クロノス』:自分たちを縛り付ける、「時計の時間」

カイロス』:「意味のある瞬間」を表す時間の概念

 

 

 人間は、この『クロノス』としての時間を大切にすることで、時間の重圧から解放され、人生の『濃度』を高めることができると説きます。

 

 人生は、自分で正解を定義する必要がある。

 

 人生を主体的に生きるために、時間の使い方を、大事にしていきたいと思いました。

 

読書感想:『灰の劇場』

 

 一緒に暮らしていた女性二人が自殺を図ったという、何気ない三面記事を、ずっと心の中の『棘』として刺さり続けていた、小説家デビューした主人公。

 数十年後、またその記事を目にした主人公は、それをもとに脚本を描こうとする。

 

 

 

 

 筆者の恩田陸氏も作中で書いている通り、この記事は、実際に目にした1994年9月25日の朝日新聞の三面記事として実在しているもの。

 

 フィクションの部分と、ノンフィクションの部分が交互に続き、最終的にそれらが絡み合って一つの作品として構成されている。

 

 

―むろん、今現実に起きていることを考えても、本当に「何が起きていたのか」を把握することは不可能である。結果として「起きたこと」や「あったこと」は記録できても、その理由や因果関係までは誰一人として分からない。(P.39)

 

 筆者も小説内でこのように記しているが、第三者として知ることができるのは、客観的な事実でしかない。実際の本当のことはわからない。

 

 同居していた女性が、二人で自殺を図るというのは、おそらく今でもだが、昔なら猶更興味本位でいろいろ検証されたに違いない。

 

 あとがきで恩田氏が、この記事の詳細について書いている。

 内容はここではあえては触れませんが、恩田氏は、『モノを書く』ということの不思議さについて言及しています。

 

―今では、私は二人の名前を知っているし、死に至る背景もほんの少しだけ知っている。

でも、それはわずか数行の事実であるし、本当に本当のところは、結局誰にもわからない。

けれど、図らずも、自分が書いたことが、真実を突いていた部分もある。(P.389)

 

 書店で何気なく手にした小説でしたが、非常に印象に残る作品でした。

読書感想:『夜の道標』

優しく、思いやりがあって、けれど自分が想像できる範囲内で思いやることの乱暴さに気づくほどには優しくない。

本当に相手を思いやっているわけではなく、相手を思いやる自分でいるために言葉を投げるから、投げかけた先のことは想像していない。(P.89)

 

 今回読んだ小説は、読了後、胸が締め付けられるような小説でした。

 今回紹介する小説は、芦沢央

『夜の道標』

です。

 

 

 1996年、横浜市内の個人塾で、塾の経営者が何者かによって殺害されました。

 被疑者と思われる元教え子は、2年経過してもその足取りを掴めないでいる。

 殺人犯を匿う女性、窓際の刑事、父親から虐待を受ける少年。それぞれの想いが交錯し、事件は思いがけない展開を迎えます。

 

 

 

 最後の感想で小説家の山田詠美が述べていることですが、それぞれの事件には、『あらゆる人間関係に点在する、外側からながめるだけでは解らない実情』があるはずです。

 

 その時の熱量が、読み手を物語の世界に引き摺り込み夢中にさせる。

 それが小説の魅力であると思うのですが、芦沢氏の小説には、そうした胸を締め付けながら引き込ませる引力がありました。

 

 また、芦沢央氏の小説を楽しみたいと思います。

 

 

 

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