安部公房氏が生誕して100年の2024年。
本日ご紹介するのは、安部公房氏が完成させた最後の長編とされる、
『カンガルー・ノート』
ある日突然、自分の脛に〈かいわれ大根〉が生えているのに気づく。
治療してもらおうと訪れた病院でベッドに括り付けられ、医師から硫黄温泉での療養を勧められる。
主人公は坑道から運河、賽の河原から共同病室へさまよい、様々な登場人物と巡り合う。
『カンガルー・ノート』とは、文房具の会社で、新商品の開発をしている主人公が、会社の提案箱に何気なく投函し、まさかの採用をされたアイデアである。
この作品を上梓した数年前から闘病し、死と向き合い続けていた安部氏。
その中で、安部氏は死を嘲笑するかのごとく、死の滑稽さを表したかったのではないかと思われます。
「人間って、なんのために生きているんだろう?」
「生きているから、生きているのさ、別に目的なんかなくったって」
「そんなはずないよ、何か意味があるはずだよ」
「意味なんかなくても、生命保険だけは、せっせと積み立てる。死にたくないから、生きているだけのことさ」
「嫌いだよ、そんな考え方…」(P.215)
カンガルーは、個体の識別には苦労させられるらしい。
個性に欠けているということだ。
カンガルーみたいに、没個性的なのだろうか?作品の中で、とある登場人物が、主人公に問いかける。
『カンガルー・ノート』は、個人的に安部氏の作品の中でも、かなり好きな作品だ。
自分も生きる意味、といったものを考えることはたまにあるが、なかなか明確にバシッと言い切れる理由なんてそうそう見つからない。
ただ、死を目前としたとき、安部氏のように、死を嘲笑的に笑い飛ばせるくらい、力を抜いて生きていくのも、決して悪くはないのでは無いのかと思いました。
