血の滲むような、言葉では表現しつくせない努力や根性を持って見せても、
『絶対に超えられない、人智を超えたもの』
というものを、誰しも感じたことがあるに違いない。無論自分もそうしたものがあると痛感して生きている。
今回紹介する小説においても、何物をも犠牲にしても、追いつけない、追い求めることのできない、『圧倒的存在の何か』に翻弄され続ける登場人物が出てくる。
この『圧倒的存在の何か』、また、人智を超えるという意味合いで、神とは何か、という非常に大きな問いを、小説を通じて投げかけるのが、芦沢央氏の
『カインは言わなかった』
である。
カリスマ芸術監督が率いるダンスカンパニーの新作公演。その主役に抜擢された男が、公演直前に姿を消すことから物語は展開する。
また、失踪した男には、美しい画家の弟がいた。その弟が失踪に関与しているのか、読者は緊張感を持ちながら物語を進めていくことになるだろう。
題名にある『カイン』は、旧約聖書に登場するカインとアベルの兄弟のそれにちなんでおり、またダンスカンパニーで演じられる新作のモチーフにもなっている。
二人で同様に神様に捧げものをしたのに、神様は弟の捧げものばかり喜ぶ。それに嫉妬した兄のカインは、弟を呼び出して殺してしまう。
やがて神がそれを知ると、神の怒りに触れたカインは、誰からも殺されないよう、神にしるしを刻印された呪われし者となり、その地を追放される。
こうした背景は小説の中で説明されるが、読者は、このカインとアベルの兄弟と、小説で登場するダンサーと画家との兄弟の間に、何かしらの関連性があるのではないか、と推測しながら読み進めるのが面白い。
また、それと密接に関連性を持った、他の登場人物のインパクトも非常に重厚である。そのために、ミステリー小説でありながら、深い重厚的なテーマを含有した複雑な作品に仕上がっている。
最期の最期までハッとさせられるような展開があり、結末は非常に衝撃的なものでした。
芦沢央氏の作品を読んだのはこれが初めてなのですが、今後も他の作品を読んでみたいなと思いました。