『何もかもを捨て去って、別人になる。-そうした想像には、なるほど、蠱惑的な興奮があった。必ずしも絶望の最中だけでなく、きっと、幸福の小休止のような倦怠によっても、そんな願望は弄ばれるのだ。』
お疲れ様です、スナフキンです。
また非常に感動的な小説に巡り合いました。今回紹介するのは、平野啓一郎氏著
『ある男』
という小説です。
本作は、2022年11月、妻夫木聡さん主演で映画化されるもので、読売文学賞の受賞作でもあります。
離婚を経験し、シングルマザーとなった女性は、ある男性と再婚するのですが、悲しくもその再婚相手の男性が突然命を落とします。
しかし、彼の身元を調査すると、その人物は、本来の戸籍とは違う、全くの別人であったことが発覚するのです。
在日コリアン、ヘイトスピーチ、非正規雇用、また死刑制度にまつわる、犯罪被害者及び加害者の問題・・・。
本作は、現代における諸問題を随所に内包しながら、人間の奥底に内在している本質や気質を描き出す作品となっています。
平野啓一郎氏の著作を読んだのはこれが初めてでしたが、現代の働き盛りの社会人が、頭の奥底で感じつつも、明確に言語化するのが非常に難しく繊細な感情や価値観を、非常に精緻で丁寧な文章で表現しているのが素晴らしいと感じました。
読者によっては、その知性ある言葉が非常に技巧的に感じるかも知れません。
ただ、自分はそうした表現が非常に好ましく感じました。
『現代における、なかなか表現しづらいもどかしい感覚を、ここまで厳密に表現してくれた』ことに対し、読書終了後、非常にスッキリとした心地よさを感じました。
映画もぜひ観ていきたいなと思いますし、他の作品もチェックしていきたいと思います。