―簡単には折れない心を保つには、支えるものが必要です。私はそれを言葉だと考えています。心を支える言葉を持っていると、いざというときに自分を助けてくれます。
筆者の齋藤孝氏は、冒頭でこのように述べているが、まさにその通りだと思う。
今回紹介する本は、
『心が強い人はみな、「支える言葉」をもっている』
という、心を支え、強くするのに役立つ先人の言葉を集めた齋藤孝氏の本。
読書体験によって得た知識や教養は、実際に役立てる機会は決して多いわけではないかもしれないが、ふとした瞬間に、ふっと湧き出て自分を助けてくれる。だからこそ、読書って本当にいいものだと思うわけですよね。
印象に残る名言はいくつもありますが、その中でもとりわけ印象に残ったものを一つご紹介したいと思います。
〈「サヨナラ」ダケガ人生ダ(井伏鱒二)〉
人生に別れはつきもの。生きていればさまざまな別れを経験する。
もちろん、別れは、つらく、さみしい。
ただ、つらい別れを何となくやり過ごすイベントにするのではなく、それを敢えて祝祭にする力にしたのが、この井伏鱒二の有名な言葉。
これは初めて知ったのですが、元々は唐代の詩人、于武陵による「勧酒」という五言絶句があり、それを井伏鱒二が訳したものになっています。
勸君金屈卮
滿酌不須辭
花發多風雨
人生足別離
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
(現代語訳:君に、この金色の大きな杯を勧める。
なみなみと注いだこの酒、遠慮はしないでくれ。
花が咲くと、雨が降ったり風が吹いたりするものだ。
人生に、別離はつきものだよ)
そして、エピソードはこれで終わりではありません。この言葉を愛し、心の支えにしていた著名人がいるのです。
その名は寺山修司。多彩な顔を持ち、若者たちの心をとらえ続けた寺山修司にとっての、最初の名言が、「『さよなら』だけが人生だ」でした。
『ポケットに名言を』の中で、寺山は、「さよならだけが人生だ」という言葉が、自分にとっての処世訓であると述べている。
さらにはこの言葉を受け、「幸福が遠すぎたら」という詩を書いています。
この詩の最後は、
「さよならだけが/人生ならば/人生なんか いりません」
で締めくくられています。
齋藤先生は、
『一見、「『さよなら』だけが人生だ」を否定しているようだが、この言葉を噛みしめ、支えにしてきたからこそ、今度はそれを乗り越えようとする、そんな挑戦状のようにも思えます。』
と述べています。
偉大な言葉の達人たちのこのハイレベルなぶつかり合いに、正直自分もシビレルものを感じます。
別れの状況を受け入れることで、そのつらさまでも自分の血肉にしてしまうエネルギッュな姿勢、非常に元気になる気がします。
こうした心を支えてくれる言葉を、一つ一つ大切にして行きたいなと思います。