前回に引き続き、今回の読書感想も、中野京子氏の著作となります。大分ハマってきました(笑)。
今回紹介するのは、
『欲望の名画』
という著作。
本作は月刊誌『文藝春秋』の連載企画を加筆修正したもので、前回紹介した『名画の謎』シリーズとは少しテイストの違った、中野京子氏の絵画本と言えるかもしれません。
『作品の成立した背景を正しく知り、本物の教養に触れる楽しみを覚えると、今度は読者の側の鑑賞するまなざしも変わってくる。』
中野氏の著作を通じ、この教訓を常に学ばせてもらえることが非常に多いのですが、それに加え、
『絵は己の感性だけで味わえば良し、との鑑賞がいかに誤解を生みやすいか』
ということも強く実感した印象的な絵画がありました。
今回はそれについてご紹介したいと思います。
〈ドラクロワ 『怒れるメディア』〉
『民衆を導く自由の女神』で有名なドラクロワですが、今回の作品は、ギリシア神話に登場する王女メディアを主人公にした絵画です。
本作にも書かれているのですが、中野氏はこの作品に関して、忘れがたい思い出があるようです。
とあるテレビ出演の際、スタッフが某美術館の来訪者、年齢性別バラバラの十数人に、この絵を見せてタイトルも告げ、どんなシーンを描いた作品と思うか、当ててもらうということを行ったそうです。
すると皆が口をそろえたように、『悪人に追われた母親が子供を守ろうとしている』シーンだと言ったそう。
しかしながら、彼女の目に起こった真実は以下のようになります。
ーコルキス王の娘メディアは、叔母である魔女キルケーから妖術を受けて育った。
そんな彼女が侵略者のイアソンと恋に落ちる。
コルキスの秘宝を奪いに進出してきたギリシアの英雄、イアソンをメディアは助け、逆に家族を死なせ、国を捨て、敵国へ渡ってイアソンの子を二人もうけた。
しかし、次第にイアソンはメディアに愛想を尽かし、同胞の女性と正式な結婚をすることに決める。異国の女性との結婚は認められていないので、メディアとは内縁関係だったのだ。
王女メディアの怒りは激しかった。
メディアは呪いをかけた宝冠と衣装を恋仇に送る。相手が身に着けた途端、それは燃え上がり、苦悶のうちに焼け死ぬ。
ただしイアソンを直接殺害は考えなかった。どうしたら死よりも苦しい目に合わせられるか。
メディアは彼の息子を殺すことに決めた。
それはメディア自身の子でもあったが、復讐心が勝る。
メディアは二人の息子を連れて逃げる。イアソンは部下と追いかけてきたが、まさか自分の子まで殺めようとしているのは思ってもいなかった。
以上がこの絵画の本当のシーン。
母はわが子を守ろうとしているのではなく、殺そうとしている。
幼い息子たちは本能的にこの先を予感し、迫りくる運命に怯えきっている。
ドラクロワの作品は、観る者の視覚に激烈な感情表現を感じさせるが、この絵も非常に緊迫した臨場感を映し出しているように思いました。
そして繰り返しになりますが、絵は自分の感性だけで判断してはいけないのだな、ということを強く実感したキッカケにもなりました。